最近話題のショートクランクについて – 世界の自転車学会の見解について

最近話題のショートクランクについて – 世界の自転車学会の見解について

2024年ツール・ド・フランスの前夜祭プレゼンテーションに向かうタディ・ポガチャル選手 この画像からも多くの情報が読み取れます
2023年後半より自転車ロード選手のタデイ・ポガチャルがこれまで使用していた172.5mmのクランク長から165mmをテストし、2024年は無双状態で多くのレースで優勝を飾った事実は記憶に新しいところです。
さて、2025年彼のパフォーマンスも依然好調のようで春のクラシックレースでも健在ですね。おまけに他のライバル達もショートクランクをテストしているようです。その結果、世界中で多くの選手や熱心なサイクリストが短いクランクをテストしているようです。面白いですね!
自転車トラック競技でショートクランクは単に「クランクが回し易い」が目的で使用されてきた過去があります。
ロードで172.5mm、トラックでは165mm。選手はこんな感じで使用してきました。
トライアスロンでは固定観念が少なくショートクランクの有効性は10年以上前から定番になってきており、私が行うバイクフィッティングでショートクランクのアドバイスについて説明してきました。日本では30年程昔に関西のキャファさんがその有効性に気付いた方だと認識しています。
しかしながらこういった新しい試みの背景には必ず蓄積された科学的データがあります。

2018年ドイツ・ISCO学会にてDr.Martin氏の講演
短いクランクの有効性については、米国ユタ大学のDr.Martin氏が20年以上前からショートクランクの有効性を唱えていたわけです。
細かいデータはここに記しませんが、2018年に私が出席したドイツで開催されたISCOの学会では、Martin氏がこれまでの調査のいきさつ、研究内容と空気抵抗について講演を行いました。ペダリングとクランク長については短時間の高強度のペダリングでは長いクランクは有利であるが、時間と共に短いクランク長との差は変わらず、ある時間からは短いクランクの方が良いスコアを出した。また近年の調査により空気抵抗的にも有利といった内容でした。

ショートクランクを使用することによるポジション変化とペダリング円軌道の変化
ショートクランクを使用することで、サドル高を変更することにも繋がるため、単にペダリングの円が小さくなるわけではなく、図の右のように円が下方に移動するわけです。これにより上からペダルを踏むことが容易になってきます。
さらに最近は医学的見地からの研究もされており、特に腸骨の動脈の血流改善についても効果的であるとの見解が示されております。
私も過去にこの問題と思われる数人のロード選手のバイクフィッテイングに携わっており、股関節の痛みの問題でパフォーマンスが落ちている訴えに応えるためショートクランクを使用させた経験があります。私も原因がクランクの長さにあるのではないか?との見解をもっていたわけですが、昨年(2024年)私も出席したイタリアで開催された自転車学会「Science & Cycling」でそのテーマの講演がありました。そこではこれに関して多くの知識を得ることになりました。個人差があるわけですが、サイクリストとしてレベルが高くなるにつれ、ある割合のサイクリストの大腿部と臀部の腸骨付近の血流が徐々に阻害されていくという議題でした。この講演をされた方もスケートから自転車に転向したが、レベルが高くなる過程でパフォーマンスが落ちるといった問題があったようです。ヨーロッパの医療界は過去から同じ症例があり、腸骨付近の動脈の血流量の阻害原因が筋肉量の増大とする調査結果がありました。

腸骨付近の動脈の位置とペダリングモーションの関係性
さらに学会では腸腰筋の肥大で動脈の血流量が阻害されることが発表されました。これは非常にやっかいな問題ですね。スピードスケートの世界でも同じ問題があるようです。私の見立ても間違っていなかったようで安心しました。しかし競技者としては胴と大腿の間隔を広げ、なおかつ深い前傾で空気抵抗を減らしたいというポジショニング的な問題があるので、ジレンマがあるところです。

2024年イタリア・Science&Cycling学会 ペダリングによる腸骨付近の血流量の阻害問題についての講演
この講演では医学的にもショートクランクの有効性について語られました。この講演の方は現在150mmのクランクを使用してエリートの女子レースに参戦されているそうです。自転車競技では170mm~175mmのクランクが長い歴史で使用されてきました。今このあたりの風向きが変わろうとしています。
身長が190cm以上の人間と150cmの人間がいたなら、たった数mmの違いのクランク長の物でスポーツバイクを使用する事で無理が生じるのは少し考えれば判る話かもしれませんね。
従来タイムトライアルが強い選手が大柄である傾向があった理由は、強い前傾でもペダリング上死点と胴の間に十分な間隔があり、ペダリングし易い上に血流の阻害も少ない事も要因があるかもしれませんね。
私自身もサイクリングを楽しんでいますが、ロードバイクにショートクランクを使用して20年近く経ちます。ペダリングの軌道も縦に動きやすくなるため、フィッティング用品(ウェッジ類)の併用で膝のブレも起きづらくなるため、まったく痛みも無く快適に楽しんでいます。
もう現在のバイクからクランク長を伸ばそうとは思いませんね。
現在の自転車のマーケットでは、スポーツバイクの購入者のほとんどは競技を目指しません。自転車は快適でスピーディーに楽しめる健康ギアといった位置づけです。特に肥満の方や小柄な方にはショートクランクは縦のペダリングを補助する理由からお勧めです。
ショートクランクに交換してみようという方はお近くのバイクフィッターに相談して、縦のペダリング軌道が乱れない条件を提示し適切な長さをアドバイスをもらうのが一番良いかもしれません。せっかくですので、色々試してみるのも自転車の醍醐味ではないでしょうか?
問題は市場にショートクランクのラインナップがまだまだ流通量としては少ないところでしょうか。今後の展開に期待したいところです。特にアジア市場は青天井ですね。
バイクジオメトリについてもショートクランクに対応した低重心のバイクフレームが今後登場するかもしれませんね!
結論としては、現在の自転車の研究者の間ではショートクランクは「良」というところでしょう。
スポーツバイクは本当に面白いスポーツです。
言語障壁がある日本では固定観念や首を傾げたくなる理論がまだまだメディアで見かけることがあります。
これが正しい!とは言わないですが、最新の情報やデータを得てより判断能力を養い、良いバイクフィッティングサービスを行うため、これからも継続して海外の自転車学会に参加していきたいと思います。
サンメリットBIKE FITスタジオ
IBFI国際バイクフィッティング協会 Level4 バイクフィッター
米国Retul 公認マスターレベルバイクフィッター
伏見真希門(ふしみ まきと)